yukaina_gorilla’s diary

ごりらぼくし(大麻ルーテル教会/北見聖ペテロ・ルーテル教会)です。聖書や教会のこと、社会のこと、ペットのことなど書いていきますね。

2018年7月1日 礼拝メッセージ

聖霊降臨後第6主日 2018年7月1日

 

「あきらめないで!」

(マルコによる福音書5章21~43節)

 

わたしたちの父である神と、主イエス・キリストからの恵みと平和があなたがたにあるように。アーメン

 

今日の福音のみことばには、二つの出来事が伝えられているのですが、それが順序良く並んで伝えられているのではなく、一つの出来事のその途中に、別の出来事が入り込む形で伝えられています。けれども、そうした特別な構造で伝えられているその二つの話は、それぞれ別の出来事でありながら、同じ一つの主題で語られています。それは、36節でイエスさまが「恐れることはない。ただ信じなさい」とおっしゃっておられますが、「エスさまが私たちを顧み憐れみ助けてくださることを信じて生きることの大切さ、そしてその確かさ」です。今日、私たちがみことばから受け止めたいメッセージもまさにこのことにほかなりません。ご一緒に聴いてまいりましょう。

 

エスさまが弟子たちと共に船に乗って、再び向こう岸に渡られると、大勢の人たちがそのイエスさまのそばに集まってきました。それは、イエスさまのみことばや癒しを求める実に沢山の人たちだったことでしょう。そんな彼らの集まった湖のほとりにイエスさまはおられます。今、私たちの教会には、それほど多くの人たちが集まっているわけではありません。でも、そうであっても、実際には、イエスさまのみことばや癒しを必要としている人たちはたくさんいます。心や体にいろんな痛みを抱え、辛い思いをしている人たちが、私たちの周りにもたくさんいらっしゃるのです。そうした人たちの傍らに、イエスさまが共にいてくださる、イエスさまがその人のもとを訪れてくださる、私たちがそのことを伝えることができるならばと願います。そう考えると、イエスさまが弟子たちと船に乗って向かう、イエスさまを必要とする大勢の人たちが待つ向こう岸、その舟は私たち教会の姿であると思いますし、私たちもイエスさまと共に、イエスさまを必要としている人々が待つ向こう岸に向かっていると言えるのではないだろうか、そんな思いになりました。

 

そこに一人のヤイロという名前の人がやってきます。彼は、「会堂長」でした。「会堂管理者」と訳している聖書もあり、人々が礼拝や冠婚葬祭、あるいは聖書の学びのために集まるユダヤ教の会堂を管理し、さらには礼拝の司会者を決めるなどもする役割の人で、きっと町のみんなに良く知られている人だったことでしょう。彼はイエスさまの「足もとにひれ伏し」「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」とお願いします。「しきりに願った」とあり、彼の必死な姿が伝わってきます。「イエスさまならきっと何とかしてくださる」、そんな彼のイエスさまへの信頼をもここから受け止めることができると思います。イエスさまは彼の願いを受け入れ、彼の家へ向かわれました。その際に、「大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫ってきた」と、みことばは伝えています。イエスさまの癒しの出来事を自分たちも一目見たいと願ってでしょうか。あるいは、ヤイロの娘の癒しが終わったら、一刻も早く自分たちもイエスさまの癒しをいただきたいと願ってでしょうか。理由はともかく、イエスさまと大勢の人たちがヤイロの家に向かいました。

 

けれども、その途中でもう一つの出来事が起こるのです。一人の女性、それは名前もわからない女性であったわけですが、彼女が、ヤイロの家に向かうイエスさまと大勢の人たちの中に紛れ込み、イエスさまの着ておられた服に触れるのでした。彼女は、「十二年間も出血の止まらない」そうした痛みを抱えていました。「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった」とあるように、それはほんとうに辛いものでした。今で言うなら、不正出血であり、婦人科系統の疾患です。実に12年間です。たとえば女性としての月のものがはじまる12歳ごろ、その頃からその症状がみられたとするなら、24歳です。それぐらいの長い間、ずっと出血が続いていたというのです。一人の人、また女性として、彼女の辛さを考えると、とても胸が痛みます。

 

もし彼女が結婚前にその症状が始まったのなら、その症状は男女の交わりができなかったことをも表しますから、きっと結婚することはできなかったでしょう。そうであるなら、当時女性が社会で働くことが難しい中で、しかも全財産を使い果たすほど医療費がかかっていたというのですから、経済的にも実に大変な生活だったと考えられます。結婚していたとしても、もしかしたらその病が原因で離縁されたかもしれませんし、当時の宗教のきまりでは、出血が続く限り、「汚れている」状態とみなされ、その女性に触れた人は誰でもその汚れが感染ると規定されていましたので、夫と寝床を共にすることも、食事を共にすることもできず、たいへん後ろめたい、また寂しい思いをしながら暮らしていたかもしれません。また、もし出産後にその症状が始まったとしても、人に触れないように生活をしなければならず、「ひどく苦しめられ」「ますます悪くなるだけであった」とあるように、実に苦しい日々を過ごしていたことになります。

 

その彼女が、イエスさまが自分の住んでいる村に来られたという話を聞き、必死な思いで、人ごみに紛れて、イエスさまの服に触れたのです。それは、「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからでした。実際、イエスさまの服に彼女が触れると、「すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた」とみことばが伝えているように、瞬時に彼女のその病は癒されました。イエスさまは、《自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と》おっしゃいます。このように、イエスさまが人を癒されるということは、決して「イエスさまだから簡単なことだ」というものではありません。イエスさまからも力が出て、イエスさまの力が消耗される、イエスさまも痛みを感じられる出来事なのです。イエスさまご自身、大変な思いをされながら、その人を癒されるのです。

 

エスさまは、ご自分の服に触れたその人のことを捜されます。でも大勢の人込みです。弟子たちも半ば呆れながら「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」と、イエスさまに言いました。でも、イエスさまは彼女を捜されるのです。イエスさまにとって、ただどこかのだれかが癒されればそれでよいというのではありません。苦しく辛い思いをして生きてきたその人と出会い、その出会いの中でその人を癒される、そのことがとても大事なことでした。ですから、群衆の中に紛れたone of themの癒しではなく、イエスさまは彼女と出会い、語り合うことを求められるのです。

 

彼女は恐る恐る震えながらイエスさまの前に進み出ます。そして、自分の身に起こった「すべてをありのまま話し」ました。イエスさまはそんな彼女におっしゃいます。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」。なんと暖かな言葉でしょうか。彼女にとって、ただ病気が癒されただけでなく、ひどく苦しめられた12年間が報われるような一言であったと思います。「この方の服にでも触れればいやしていただける」そんな彼女の必死な思いを、イエスさまは「あなたの信仰があなたを救った」とおっしゃいます。決して「主なる神はどういうお方で、イエス・キリストはどういうお方で、聖霊はどういうお方で…」、そうした難しいことではありません。「イエスさまなら私を助けてくださる。せめてその服にでも触れれば」そうした彼女の必死な願いを、イエスさまは信仰として受け止め、彼女を救われるのです。

 

さて、今日のみことばは、彼女の病が癒されて、めでたしめでたしというわけにはいきません。もう一つの出来事、会堂長ヤイロの娘の出来事がまだ残っています。イエスさまが、その長い間の出血を癒された彼女と話しておられた時、一つの知らせが届けられます。ヤイロの家にいた人からの、ヤイロの娘が亡くなったので、もうイエスさまに来ていただかなくてもよいという知らせでした。きっと、ヤイロも、イエスさまの弟子たちも、そこにいたみんなも思ったことでしょう。「先を急ぐべきだった、彼女を捜し話す、そんな悠長なことをしているから間に合わなかったのだ」と。

 

でもイエスさまはヤイロにおっしゃいます。「恐れることはない。ただ信じなさい」。そして、イエスさまはなお歩みを進められます。私たちの目から見るならば望みなきところで、それゆえ足を進められないそうした状況の中で、なおもイエスさまが歩みを進めてくださいます。そして、ヤイロの家に着いたら、みんなは「大声で泣きわめいて騒いでい」たと言います。もちろん少女の死を悼み泣いていたこともあるでしょうが、当時の習慣として「泣き屋」とでも呼んだらよいのでしょうか、そういう職業の人がいて、人が亡くなったらその職の人たちが雇われ、泣き叫ぶ演出をしていたそうです。そのことで身内の人たちも周りを気にせず泣くことができる。また一緒に泣いてくれる人がいて慰められる。そんな効果があったのかもしれません。しかし、イエスさまはその人たちにきっぱりとおっしゃいました。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」彼らはそれを聞いて、イエスさまをバカにして嘲笑います。

 

エスさまは彼らを外に出し、「子供の両親と(ペトロとヤコブヨハネの)三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれ」ます。そしてその《子供の手を取って、「タリタ、クム」と》おっしゃいました。「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味です。その声にその子はすぐに起きて立ち上がり歩き始めました。死のただ中で、響くイエスさまの一声が、死を打ち破り、いのちをもたらすのです。望みなきところで、また悲しみが支配するところで、イエスさまの一声が大きな喜びと慰めを与えてくださるのです。今まで死んでいた子どもが歩いているのを見て、人々は驚きます。「それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた」彼らの驚きようが伝わってくる感じで、なかなかの名訳です。イエスさまは私たちに、我を忘れるほどの驚きを与えてくださるお方です。

 

これが今日のみことばの二つの出来事です。そして、初めにお話ししましたように、二つの出来事ではありますが、「イエスさまが私たちを顧み憐れみ助けてくださることを信じて生きることの大切さ、そしてその確かさ」という、一つのテーマが貫かれています。私たちが人生の歩みの中でもうダメだと思うそうした状況においても、イエスさまはなおも私たちを見捨てず、助けてくださるお方である、このことをしっかりと今日心に留めたいと思います。そして、12年間も不正出血が続いた女性、また娘が死に瀕していたヤイロのように、必死にイエスさまに助けを求めて生きていきたいと願うのです。

 

しかし、私は今日のみことばから、なお思うことが一つあります。それは、私たちが生きているこの現実世界では、私たち自身や私たちの周りの大事な人が重い病気になったり、亡くなったりするとき、今日のみことばのように病気が治ることがない場合もありますし、亡くなった人が再び生き返るなどというようなことは実際には起こらない、このことをどう受け止めればよいかということです。どれだけ祈っても病気はますます悪くなるばかりで、またどんなに悲しんでもその人が亡くなった事実は変えられません。

 

でも、今日のみことばで、当時の社会で「汚れている」とみなされた出血の症状のある女性がイエスさまに触れたことは、イエスさまもご自分の身にその汚れを引き受けられたことを表し、また死んだ子どもの手をイエスさまが取られたことも、当時の考えによるなら、死の汚れをイエスさまがご自分の身に引き受けられたことを表します。このように、イエスさまが、ご自分の身に、私たちの汚れも病も恥も死もそのすべて一切を引き受けてくださる、つまり十字架のお方であることが伝えられているのです。たとえ私たちにどんなことが起こっても、十字架のお方であるイエスさまが私たちのすべてを引き受け、そのただ中で私たちに希望や慰めを与えてくださる。それは実際に病気が治ったり、死から生き返ったりすることとは違うかもしれないけれど、でも、イエスさまが必ず共にいて、私たちの思いを超えた驚くべき救いを与えてくださることを信じて、イエスさまにすがって生きていきたいと願います。「恐れることはない。ただ信じなさい」。

 

主よ、私たちを導いてください。

 

大きな苦しみの中にある時、また希望を失う時、その時も御子が私たちを顧み、私たちを助けお救いくださることを信頼し続けることができるように、私たちを導いてください。私たちの汚れも病も死も恥も、そのすべてを御子が引き受けてくださることを感謝します。救い主、主イエス・キリストによって。アーメン

 

希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。アーメン

 

動画 2018-07-01.mp4 - Google ドライブ

 

 

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